特別対談後編

誰もが住み慣れた地域で
安心して暮らし続けるために

−地域包括ケアにおける看護師の役割とは−

(株)リンデン 
代表林田 菜緒美

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川崎市立看護大学 
副学長荒木田 美香子

特別対談前編は
こちらから

(株)リンデンは川崎市内で訪問看護ステーション、
看護小規模多機能型居宅介護施設や
障害児(者)通所施設などを展開しています。
在宅医療・介護の現場で、地域の利用者を支える
看護師に求められていることとは何か、
地域で活躍する看護師である(株)リンデン代表の
林田菜緒美氏に荒木田美香子副学長が
お話をお伺いしました。

在宅医療・介護の現場で
利用者と家族を支える

荒木田副学長(以下敬称略)
川崎市では誰もが住み慣れた地域や自らが望む場で安心して暮らし続けられる「地域包括ケアシステム」の取り組みが進められていますが、リンデン様が提供されている在宅医療・介護サービスとはどのようなものですか。
林田代表(以下同)
訪問看護ステーションのほか、看護小規模多機能型居宅介護施設、障害児(者)通所施設などを運営しています。10年前に開設した訪問看護ステーションを皮切りに、介護度の重い方や医療的ケアの必要な方が通ったり泊まったりする場所がないという困りごとにおこたえしたいと看護小規模多機能型居宅介護施設を、それから重度心身障害の子どもたちが通える児童発達支援・放課後等デイサービスを開設。さらに彼らが学校を卒業すると通所先が少なくなることから、放課後等デイサービスに生活介護のサービスを加える......といったように私たちの思いを形にしながら事業を広げていきました。0歳から高齢者まで、年齢や疾患、障害にかかわらず、自分の居場所にいることのできる地域で安心して暮らし続けられる社会を目指しています。
荒木田
訪問看護や看護小規模多機能型居宅介護とはどういうものなのでしょうか。
林田
訪問看護とは、看護師などがご自宅を訪問してその方の病気や障害に応じた看護を行い、健康状態の悪化防止や医療ケアを提供するサービスです。看護小規模多機能型居宅介護とは、医療依存度の高い方や退院直後で状態が不安定な方、在宅での看取り支援など、医療ニーズの高い方が住み慣れた自宅で療養することを支えるサービスで、主治医と連携して行う医療処置を含め、訪問看護、訪問介護、通いや泊まりといった多様なサービスを1つの事業所で提供するものです。サービス内容の自由度が高いのが特徴で、ケアプラン(※)を変更せずにその日のスケジュールを柔軟に決めることができます。
荒木田
スタッフはどれくらいいらっしゃるのですか。
林田
現在、看護師や理学療法士、作業療法士、介護職、ケアマネジャー、調理担当や事務員、ドライバーなど約60名のスタッフがいます。
荒木田
スタッフの職種も幅広いですね。地域で10年も活動をされているわけですが、地域に根付くためにどんな取り組みをしてこられたのでしょうか。
林田
昔からの住民の多い地域でしたので、町内会と関係をつくりながらここまで来ました。今は施設の存在が知られたので、困りごとがあると来てくださったり、認知症の方が歩いているとご近所の方が家まで連れて帰ってくださったりと、地域で見守ってもらえるようになりました。また2019年からは川崎市の「小地域における生活支援体制整備事業」を受託し、施設を地域に開放しています。現在はコロナウイルス感染対策のため、お弁当を一人暮らしの方に届ける活動を行っています。
荒木田
「最期までその方らしく生きる」ために、在宅医療・介護のニーズが高まっていますが、現状や課題をどうとらえていらっしゃいますか。
林田
「最期は自宅で過ごしたい」と希望する方は多いですが、実際にそれが叶う方は2割に満たないのが現状です。いったん体調を壊して入院されたりすると、ご家族も自宅で介護するのは大変だと躊躇されますし、主治医から「もう在宅は無理なので、施設を探した方がよい」と言われることも多く、自宅での生活を支えたい私達としては悔しい思いをすることもあります。
荒木田
その課題に対して、どうしたら解決できるとお考えですか。
林田
主治医から「もう自宅に戻るのは無理です」と言われる前に、地域の看護師に相談しようと思ってもらえるようにしたい。そのために、医療機関にも地域にどんな在宅サービスがあるのかを知ってほしいですね。また現状では、在宅か施設かどちらかに決めなければなりません。でも施設と自宅を行き来するなど、在宅サービスと施設を同じチームととらえて、その方の尊厳を保てる生活ができるようになるといいなと思います。
荒木田
私も親の介護の真っただ中で、在宅医療・介護には家族力が必要だと痛感しています。その際に鍵になるのが専門職。ご本人だけでなく家族も支えつつ、どんなサービスがあるか考えて提案できるような看護師を育てたいと思っています。さて林田さんに率直なご意見をお聞きしたいのですが、訪問看護師は学校卒業後すぐに初年度から働くことは可能だと思われますか。それとも何年間か病院等で臨床の経験が必要でしょうか。
林田
私自身、学生時代から訪問看護師になろうと考えて、まずは病棟で経験を積んでから訪問看護師になりました。実習で訪問看護師になりたいと言っていた学生さんが、病棟で燃え尽きて訪問看護につながらないという例もあり、1年目から訪問看護師として育てるシステムを考えている人はたくさんいます。一方で、訪問看護の現場では一人で判断や医療行為をしないといけません。ですから私はやはり病棟の経験はあった方がいいと思いますし、それが強みになると思います。
荒木田
私も卒業したばかりの看護師は手も足も出ていないオタマジャクシで、3年から5年の臨床経験を積んでやっと一人前になると思っていますので、林田さんと同意見です。では、在宅医療・介護の現場で活躍する看護師にはどんな能力が必要だと思われますか。
林田
訪問看護師は、介護サービスと訪問診療をする医療機関との間の立ち位置になりますので、調整能力やヘルパーの言葉を端的に主治医に伝える力は必要ですね。
荒木田
加えて、訪問看護師には利用者さんの多様な価値観を受け入れることが求められると思います。一人暮らしがいい、家族と一緒にいたい、入院したいなど、その方の希望を叶えるために何ができるかを考えるのも看護師の仕事です。考え抜いて、知恵を出す努力をすることやその楽しさを教えたいですね。では、訪問看護師ならではのやりがいはどんなことでしょうか。
林田
病棟勤務のときには患者さんに呼ばれても他の方への対応などで「ちょっと待ってください」と言うことが多かったのですが、訪問看護はその方だけのために時間を使うことが出来るので働く側も幸福度が上がると感じます。その方の家に入っただけで、その方の歴史や生活、大切にしているものがわかるのも訪問看護師ならではですね。
荒木田
その時間にその方のために何ができるかを考えるのは、病棟とは違う楽しさがありますね。一方で、医師がいないところで判断するのは大きな責任が伴います。互いのケアの共有や評価はどのようにしていらっしゃいますか。
林田
今はコロナもあって、集まってカンファレンスができません。そこで、タブレット上で申し送りができるようなソフトを導入しました。利用者さんの状態を写真で共有できますし、互いに声掛けをすることもできます。訪問看護の現場は孤独ですが、皆で助け合いながらやっています。
荒木田
在宅の現場でもデジタルの活用が進んでいるんですね。最後に、本学に期待されることを教えてください。
林田
看護を楽しいと思ってほしいですね。看護師は病棟だけでなく、在宅や研究、行政など活躍する場はたくさんあります。大学の4年間でそのベースとなるものをつくってほしいと思います。
荒木田
本学でも実習にリンデン様の訪問看護ステーションをはじめ、地域包括支援センターなど在宅の現場を幅広く組み込んでいます。さらにさまざまな分野からゲストスピーカーもお呼びして見聞を広め、看護のやりがいを見つけられる多様な場があることを知るとともに、学生が中長期的なキャリアプランを立てられるようなカリキュラムを組んでいます。本学は多くの卒業生が地元で働いており、地域に還元できると考えています。
林田
川崎市立看護大学の卒業生は地域に仲間がたくさんいてうらやましいです。そうしたネットワークは、将来財産になると思いますよ。そして結婚や出産をしても、できる範囲でいいので看護の仕事を長く続けてほしいですね。
荒木田
「石の上にも3年」、継続することが成果をもたらすと確信しています。学び続ける姿勢と、自分を一歩前進させようという気持ちを持ち続ける看護師を育てたいと思っています。今日はありがとうございました。

※ケアプラン:介護保険を利用した介護サービスをいつ、
どれだけ利用するかを決める計画書

PROFILE 林田 菜緒美

株式会社リンデン代表取締役。「赤ちゃんからお年寄りまでその人らしく生きていく」ことを目指し、川崎市麻生区で訪問看護ステーションゆらりん、ヘルパーステーションゆらりん、居宅支援センターゆらりんナーシングホーム岡上、ゆらりん家、KIDSゆらりんなどの事業を展開している。

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