特別対談前編

医療の現場で看護に
何が求められているか

−地域を知って患者さんを理解する−

川崎市立看護大学 
副学長荒木田 美香子

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川崎市立川崎病院 
看護部長千島 美奈子

特別対談後編は
こちらから

川崎市立川崎病院は、地域の基幹病院として
高度急性期医療や専門性の高い医療を提供しています。
臨床現場で看護師に求められているものは何か。
公立病院、公立大学として川崎市の
医療に何ができるのか――。
川崎市立川崎病院看護部長の千島美奈子氏と
荒木田美香子副学長が語り合いました。

厳しい医療現場だから
こそ得られるものも大きい

荒木田副学長(以下敬称略)
看護は健康な方から高度な医療が必要な方まで様々な方を対象としています。医療を提供するだけでなく、健康増進や疾病予防も世界看護協会の看護の定義に入っていますので、看護職に求められる役割は大変幅が広いのです。なかでも少子化、超高齢化が進行する今、看護職には先を見通す力、目の前の対象者を見て、次のサービスにつなげる力がより求められていると感じています。千島さんは臨床現場の状況や課題をどうとらえていらっしゃいますか。
千島看護部長(同)
川崎市立川崎病院は、以前は地域の方のかかりつけ医という存在でしたが、現在は、病院の規模や機能に応じた役割の明確化が謳われ、地域の高度急性期を担う基幹病院としての役割を担っていくことが求められています。入院する日数も大変短くなり、毎日多くの患者さんの入退院に係っています。高齢者や医療的ケアを有する患者さんを短期間で地域に帰していかなければならない現状があり、看護師は入院時から患者さんの退院後の生活を想定し、個別性のある看護実践、退院調整を行っています。そのため、患者さんの生活背景はもちろんのこと、社会の変化も把握しておく必要があります。そして、その変化を医療者だけではなく、市民の皆様にも理解していただかなければならないと思っています。患者さんやご家族が少しでも安心して医療を継続していけるよう、共に考え、地域につなげていくことが重要課題であると感じています。
荒木田
川崎病院はどんな機能を持っているのでしょうか。
千島
43の診療科があり、救急救命センターや小児周産期医療、災害拠点病院、がん医療、精神医療、感染症医療など多岐にわたって担っています。
荒木田
川崎病院のように急性期医療を提供する病棟をはじめとして、緩和ケア病棟、認知症病棟のような専門病棟を持つ病院では、それぞれ必要な看護の能力も変わってきますね。
千島
そうですね。当院の看護師は5年程度で部署を異動し、幅広い経験を積んでいきます。
荒木田
本学は教育する側として、それら全般の基礎をつくったうえで、それぞれの病棟の特徴に合わせて力を伸ばしていける、成長する余力がある看護師を育てていこうとしています。実習にも川崎病院をはじめとしてさまざまな機能を持つ病院を組み込んでいます。ただ、大学ですべてを学ぶというのは難しい。そこで重要なのが、考えて伸びる力です。わからないとあきらめるのではなく、根気強くもう一歩考えてみる「考え抜く力」を育てることに力を注いでいきたいと思っています。そして学生一人ひとりがちょっと上の目標を持って、そこに近づけるよう、段階的に伸ばしていきます。いずれにしても、私たちは「看護はこうあるべき」という枠はつくりません。学生には自分の力で感じて、考えてほしい。そして対象者を理解してサポートしていく力を育てたいと考えています。
千島
対象者を理解するという点では、患者さんの生活背景を把握することが重要です。特に川崎市はさまざまな地域性があり、生活背景も多様です。現代の医療は、治療法においても多くの選択肢があります。看護師の役割は、患者さんが治療の選択に悩んだ時、答えを出すのではなく、患者さんが自分の思いや希望を自分自身で整理し、自己決定できるよう導く力が求められています。これは看護師として、また人生経験を積むなかで培っていく部分が大きいと思っています。
荒木田
私も学生には働いている地域の環境を知って、病院のミッションを考えてほしいと言っています。そのことによって、自分に何が求められているか、立ち位置を理解してほしいのです。ですから本学では、患者さんのバックグラウンドを見るときに、患者さんだけに視点を置くのではく、地域を知ることで、地域での生活や地域の環境が疾病に結びついているという関係性を実践的に学ばせたいと思っています。
千島
地域に出て実際に見るという経験は重要ですね。当院でも、病院勤務だけでは地域の様子を知る機会が少ないため、看護師は訪問看護ステーション研修を行っています。訪問看護師と共に患者さんのお宅を訪問して、どんな生活をしていらっしゃるか、どんな工夫をしているのか、そして訪問看護師がどのような役割を果しているのか等を学んできています。患者さんが在宅で生活をする様子を知ることで、退院指導の在り方を振り返る機会となり、また地域医療・介護の力を改めて知り、在宅に帰すことをあきらめない意識が高まってきています。
荒木田
それはまさに公立大学や公立病院の務めでもありますね。さきほど千島さんは、患者さんがどんな治療を選択するかを導く力は、看護師として経験を積むなかで培われていくとおっしゃいましたが、学生時代にはどんな力を身につけてほしいとお考えですか。
千島
看護師は患者さんの生活を援助するという大きな役割があります。援助する看護師が、人としての基本的な生活、いわゆる食生活、睡眠、掃除などの大切さを理解し、自らが常識的な生活を送れることが大切だと思っています。また、医療現場は常に、倫理的問題があふれています。ものごとを倫理的視点でとらえ、考える力を身に付くけていくことが必要です。そして、看護師にとって最も必要な能力は、コミュニケーション能力、すなわち聞く力、伝える力だと思います。それは、患者さんやご家族との関りはもちろんのこと、多職種との連携において、コミュニケーション能力と、協調性はチーム医療の要であると思っています。
荒木田
本学は、コミュニケーション能力と地域を知っていることを教育の柱としています。看護師に必要なコミュニケーション能力は、対人コミュニケーションだけでなく、専門職として患者さんとコミュニケーションする力は欠かせません。地域の方に模擬患者として入ってもらってフィードバックをもらったり、ロールプレイを取り入れたりしながら、目的を持って患者さんから話を聞き出す力をつけたいと考えています。では採用にあたって、千島さんはどんな点を重視されていますか。
千島
どんな人を採用したいですかとよく聞かれますが、私は「ポジティブな精神を持った人」と答えています。看護師の仕事は決して楽ではありません。どんなにつらい時でも、患者さんの回復、チームの団結力、スキルの向上など、得られることに目を向けられる気持ちが大切です。まさしく、今も新型コロナウィルス感染拡大で看護師は大変な状況ですが、ポジティブな発言をしてくれる職員がたくさんいます。そうした側面を見つけることのできる人ほど、いい仕事ができると感じています。学生時代に挫折を経験するのも大切なことですし、できないことを見つけるのではなく、できたことを認め合い、少しずつ前に進むことで、そのような資質が培われると思っています。
荒木田
心身ともにギリギリのところで踏ん張っていらっしゃる皆さんには頭が下がります。現場は厳しい状況だと思いますが、職員の精神的ケアや士気を高めるような取り組みはされていますか。
千島
以前、部署ごとに、同じテーマで話し合いをしてもらいました。テーマは「コロナ禍において、私たちが元気でいい看護をするために、職場、自身の生活の中でどのような工夫ができるか」でした。するとこれまであまり声にしていなかった、コロナに関する不安や不満があふれ出てきました。しかし、それだけではなく、経験したことで得られたこと、これからどうやって乗り越えていくかなどの意見がたくさん出されていました。このように皆で思いを言葉にし、その上で気持ちを切り替えていく大切さを改めて感じました。
荒木田
本当にそうですね。気持ちを吐き出すことはストレスの緩和剤になると思います。私たちも、学生の実習が終わったあと教員が個別面談を行うのですが、これを評価だけでなくトレーニングのひとつと位置づけて、厳しい状況の患者さんと向き合うことの難しさなど、実習中感じたことを吐き出してもらうようにしています。
千島
学生は実習で大きく成長しますので、そうしたフィードバックがあればより成長できると思います。学生の実習を受け入れる部署や指導者は、学生の成長が喜びにもなりますし、また、悩みながら学生指導をすることで指導者自身がとても成長すると感じています。昨年はコロナ禍で実習生を受け入れることができませんでしたが、今年は当院でワクチンを接種し、安心して実習を受け入れられるよう体制を整備しました。
荒木田
心から感謝しております。川崎病院は本学の足場となる病院ですので、多くの学生が就職する可能性が高いと思います。医療現場と教育機関がそれぞれの責任を果たしたうえで、情報交換することでより良い看護が提供できるのではないかと思います。さらに連携を密にして、共同研究なども行いたいですね。
千島
毎年、看護短大の教員の方々に2年目看護師の事例研究の御指導をお願いしていますが、卒業生の成長を感じることができるとのご意見をいただいています。大学が開学した後も、いっそう連携を進めていきたいと思っています。
荒木田
同じ川崎市立の機関として連携することでより強いチームになると思います。それが患者さんのためになり、ひいては地域医療に貢献することにもなるのではないでしょうか。教員も学生を愛し、手をかけて、皆さんの期待に沿えるような学生を育てていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました。

PROFILE 千島 美奈子

川崎市立川崎病院入職後、副看護部長を経て平成30年より副院長兼看護部長を務める。「誰もが輝ける組織づくり」を目指し、一人ひとりが持つそれぞれの光に気づき、仲間が互いに認め合い協働できる職場の実現に努めている。がん性疼痛看護認定看護師、認定看護管理者取得。

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